よるのおわり

日々を愛でる

春の宵

夕闇が染み渡ったあとの御所と鴨川をぶらぶらしながら帰ってきた。

御所の松は大きくて、複雑な影を空に投げかけていた。雲が一面に覆いをして、でもなんだか明るくてあたたかい空だった。人は通らず、車の音もここまでは聞こえず、右手で押す自転車の車輪が砂利を踏む音だけが響いた。

荒神口から鴨川におりて、そのまましばらく、河原をゆったり流した。西岸には人々の気配を乗せた白熱灯のやわらかい光が続き、どこかの建物では、結婚式のようなドレスやスーツを着た若い男女たちが、テラスではしゃいでいた。

光は水面に映り、堰のところでどーっと水音が聞こえ、コウモリが飛び、ときどき鷺がばしゃっと着水したり、飛び立ったりしていった。等間隔の恋人たちも分布していた。

御所と鴨川、これから住む街にも欲しいものである。

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前準備

今日は、日中の日差しがだいぶ暖かくなっていて、空気がもう少しゆるんできたら、もう春と言っても差し支えないような頃合いになってきた。久々で職場に来たから、お昼も準備していなかったし、食料のストックも何もなかったので、まあ、これはちょうど良い機会ということで、ぽかぽかした正午に構内を抜けて、ずっと前から行きたかった南インド料理のお店に行ってきた。

おいしいお腹を抱えながら、午後には、いろいろと懸念だったことをのしのし進めていく。書類書きやらデータ解析やら、これまではちょっと気が進まなかったことが、堰を切るように進捗する。

暗くなるちょっと前くらいの夕方に、職場を飛び出して、遠回りルートで久々に山を登って、家に帰ってきたのだった。

充実した、春の前準備。

強行軍

朝早く東京に移動したのが,まだ2月の頃だった.スーツケースを持って電車で移動するのは久しぶりのような気がする.新幹線はあっという間に着いてしまい,11時には,見晴らしの良い部屋から外を眺めつつ,作業を開始する態勢ができていた.朝は雨が降っていたけれど,途中から晴れて暖かくなった.

その後ホテルに缶詰めになって,個人の時間が寝るときくらいしかない1週間をすごしていた.最後の日の夜20時過ぎ,何だか興奮冷めやらぬまま,品川駅から電車に乗って帰ってきて,この日は夕食がほとんど食べられなかったから,駅前の成城石井で割引のサンドイッチを買って,途中の駅で食べたりしたのだった.

翌日にはまた,ちょっぴりポカポカしはじめた都内を駆けずり回って,ちょっと心細い時間があったりしつつも,夜には布団でしっかり眠ることができて,翌朝,成田に向かった.

そうして1週間ちょっと,熱帯の国でお仕事をしてきた.途中から喉が痛くなって,少なくともこの国で身体が保てば良い…!と思って,養生しながら駆け回り.帰国したら風邪を引くかな…という予感があったけれど,見事に予感は的中.

また寒さの戻っていたある寒い朝の7時,成田に降り立ち,昼前に家にたどりつき,昼間からお風呂を沸かして身体を温める.このときのお風呂の気持ちよかったこと.養生に努めるけれど,次の日見事に体調が本格的に崩れ,眠ったり起きたりを繰り返す.体調が崩れる前に,とある原稿の改訂がぎりぎりで終わる.

その翌日は,日中の予定をキャンセルしてもらい,夜の発表に向けて全力で体調を整える.夕方起き出して,また都内に移動して,学会で発表して,懇親会にも出られずに戻ってきて,すぐに眠る.この翌日の予定もキャンセルにしてもらう.夜の早稲田がなんだかとってもすてき.なんとか座るために,各駅停車に乗ってみると,時間はかかるものの,外は暗く,ドアから入ってくる外気が顔に気持ちよく,帰宅者たちの殺伐さもなく,久々に心ゆくまで小説を読めたのだった.

そうして,研究をする気力がでないままに翌日も養生し,その翌日,まだ少し調子が戻らないながらも昼から出かけて,おいしいお昼を食べて,さみしいけれどとっても楽しい時間を過ごして,また各駅停車でゆっくり小説を読みながら,帰ってきた.

そうして次の日,今度は殺伐とした電車に乗って本当に帰宅して,ああずいぶん長い強行軍が終わった…終わったときのことを始まる前に不安な気持ちで想像していたなあ…と思いだしたりしながら,どうしたって過ぎ去っていってしまう月日に思いを馳せ,十分に暖めたカップに淹れたカフェインレスのコーヒーをゆっくり飲んだのだった.

ワニアザラシ

プールの中に,ワニとアザラシを足したような生き物が飼われてる.口ばかりやたらと大きくて,円錐形の胴体に,四肢はほとんど目立たない.「ワニワニぱっくん」の印象そのままの.プールサイドにあがって口を開けているところに,手を突っ込んで,口の中の掃除をしてあげたりした.

そんな夢.

書くこと

書くということは、制限も正解もない真っ白なところに、自身の感覚と論理を頼りにして、よく見通せる眼でもって、確かなものを組み上げていく作業であるなあと思う。表現の楽しさと苦しさがあって、それは研究というのも同じことだな。

 

(3月の終わりまでこんなところに入居しています。)

ぬかづき | アパートメント