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よるのおわり

日々を愛でる

飛び出し系の会合

event

同じような時期に退職してフリーになった会社員時代の同期ふたりと,ひさびさ (たぶん退職日以来じゃないだろうか) に会った.強さと明るさと,遠くまで見渡す澄んだ目と,よりいっそうステキになっていて,なんだかとってもうれしい気持ちになった.

もうひとりの友人 (この人だって負けないくらい本当にステキなのです) の相談に乗っていろいろ話をしたなかで,特におもしろかった話題.それは,辞めたい気持ちと辞めたくない気持ちの比率がどうなったときに辞めるか,ということ.

私も含めみんなの場合,断然「100対0」だった.仕事をつづけながらの人生設計がもはや考えられなくなって,いま並行しているもうひとつの道に一刻も早く全力を注ぎ込みたい,とそんなとき.

それで,これってかなり重要なことだと思ったのです.私の場合,2011年の1月に覚悟がついて,この研究計画でいける!と5月に確信して,7月に退職したのだけれど,やっぱり,その段階で思っていたほど,その後の研究はうまくいかなかった.

直後に参加した国際学会で自分が何も成し遂げていないことを見せつけられ,勘を取り戻すのに3ヶ月くらいかかり,留学はひとまず断念せざるを得ず,かたまったと思った研究計画は迷走を始めた.二段階目の覚悟がつき,環境を整え,研究計画を刷新して再びかため直すのに,結局,それからさらに半年ほどかかった.

この半年のあいだは本当につらくて ※1,静かに支えになってくれた周りの人たちと,学振に通ったという客観的な自信と,自転車がなかったら,打ちのめされていたかもしれなかった.

同じようなつらい時期は,多かれ少なかれ同期たちも経験していて,ひとりは,公開したWebサービスの利用が思っていたほど伸びず,お金もだんだん減ってきて,ひたすら公園をぐるぐるぐるぐるしながら考えたり,という毎日だったそう.

それで,そういう時期に,退職したことに対する後悔があると,たぶんあまり良くないよね,ということで我々の意見は一致した.このつらさと真正面から向きあって,いろいろ考えて手を動かすことで,考えや視野が格段に深まった感がある.でも後悔があると,たぶん真正面から向きあうのが難しくなる.

まあ,自分も含めて,これから先どうなるかはわからないけれど,また数年後か数十年後かに逢えたとき,同じように目を輝かせて,現在とこれからのことを語れるようにありたいなと思った ※2



※1 でもその分,本当に楽しかったし,今もそれ以上に楽しい.つらさと楽しさって,相反するものではなくて,同じ現象の裏表なのだと思う.
※2 それともうひとつ,意識してとか気づいているかとかに関わらず,いろんな人に助けられ支えられて生きているんだなということも,話のなかでみんなが感じていたことだったと思う.感謝,感謝.