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よるのおわり

日々を愛でる

朝の段ボール箱

今日は,停電までのあいだに作業をしようと,始発の次の次くらいの電車で,大学に向かっていたのね.雨の降るぼんやりした朝で,気温はそんなに低くないんだけど,玄関のドアを開けたら秋の匂いがした.靴は布のぺたんとしたやつで,けっこう濡れちゃったんだけど,たぶんご存じのように (ご存じなかったらまた今度),引っ越しのときにふたつ手に入れる顛末があって,同じのを二足持ってるから問題ないのね.

途中の駅で,大きなリュックを背負った東南アジア系の若い男の人が,段ボール箱をひとつ持って駆け込んできて,段ボールと背中のリュックをおろした.と思ったらすぐに出ていって,外で慌てた声がして,ばたばたとして,一度ドアが閉まりかけたんだけど,またその人が,今度は大きなボストンバッグを持って駆け込んできた.外を見ると,同じく東南アジア系の若い女の人がその荷物を途中まで運んできたみたいで,窓越しに男の人と目をみつめあって,さよならという雰囲気を通じあわせてた.

電車が出たあと,男の人は肩で息をしてて,そのとき気づいたんだけど,左手の薬指には指輪が光ってた.私が途中の駅で降りるとき,その人は荷物がたくさんあるのをすまなさそうにしてて,でも私は心の底から,気にすることはないですよ,って雰囲気をただよわせながら,電車を降りた.

あのふたりはどういう関係なんだろうなとか,彼はこれからどこに行くんだろうなとか,そういうことをいろいろ考えたのね.


この話をしたくて,でもさっきはそれを持ち出すのを忘れていた.長くてニュアンスが難しい話なので,電話越しだったらまたいらいらしちゃったかもしれない….結局話すのを忘れて,次に会えるときにはまた新しいいろいろの前で記憶の色が薄れてしまうだろうから,こんなところに書いてみたのね.

さっき話せればそれはそれでいちばん良かったけれど,あなたとなら,こんなふうに文字でだって伝えられるし,また今度会ったときにもこういうことを話せる.なんというか,そういうごく「些細な」ことを共有できるということは,私にとって,これまでの人生で味わったことのないくらいに,幸せなことなのです.