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よるのおわり

日々を愛でる

大晦日 その2

お仕事で遅くなって19時を過ぎた通りには、普段の5分の1くらいの人通りしかなく、急いで駅に向かう。電車を乗り継いで1時間ちょっと、海のほうの街に降り立つ。

 

駅から友人宅まで、バスは出ているみたいだけれど、せっかくなので歩いてみる。Googleマップでは30分ちょっと。あえて山を越えていく道を選んでみる。人通りはさらに少なく、ところどころで漏れるお店や人家の暖かい光が、なんだかうれしい。

風もなく比較的暖かい夜で、山の中腹には舗装された道や街灯もそろっているけれど、なんだか心細い。何度か道を間違えながら、山頂に着いて、続けて下りにさしかかる。

と、そこで雰囲気が変わる。これまでにもちょいちょいと、デザイン性のある大きな家があったものの、この区画ではすべての家が大きく、庭なんかもあり、お金と手間がかかっていることがひと目でわかる。家政婦さんが住み込んでいてもなんらおかしくないような。

延々と続く別荘のような家々を抜けて、ふたたび山を下りて、目指す建物にたどり着く。22時前。ああ…長い1日だった。

 

日本酒に、お刺身や鍋、アイスクリームなどをごちそうになり、なんとはなしに紅白を見たりおしゃべりをしたり、まったりと過ごしていたら年が明ける。翌日 (もう当日だけれど) の早い私は客間のベッドを使わせてもらい、ほかの人びとが初詣に行く準備をする音を聞きながら眠りに落ちる。

朝方、ファンタジーの世界のようにきれいな草が生えているけれど、右のほうに崖が深く落ち込むきれいな稜線を歩く夢を見る。さしかかった狭いところを、私には通れる気がしなくて、踏ん切りがつかないまま立ち止まっているところで夢の記憶は途切れる。

 

朝、ほかの人びとが寝ているなか、シャワーを借りて、ひと足先においとまする。正月らしい雅楽の音楽が山のほうから聞こえてきて、バスの時刻は合わず、また徒歩で駅を目指す。山のなかの別荘も、中腹の山道も、朝の光の下では魔法が剥がれ落ちて平凡な景色に変わる。

なぜかコンビニの軒先に売っていた、たっぷりしたミカンを買い、電車に乗る。電車のなかで朝ごはんがわりに食べると、大ぶりにもかかわらず、汁気たっぷりで味もしっかりしている (大ぶりのミカンは雑な味でおいしくないという偏見を私は持っている)。朝の空気に冷やされて、甘くて酸っぱい果汁が喉を潤した。

 

そうして、むしょうに暖かいコーヒーを飲みたくなって、大学の近くのコーヒーショップでモカを頼んだ。