よるのおわり

日々を愛でる

2017年に読んでおもしろかった本

今年も今年でほとんど本を読めなかったけれど,すてきな本にはいくつも出逢った.これを見返して改めて思ったけれど,最近は,静かな物語が好きな時期なのかもしれない.


武田百合子 『遊覧日記』
ひと昔前の東京や京都を歩いているような気分になる.温かさと冷酷さ (と言っていいのかよくわからないけれど…) を兼ね備えた百合子さんの視点から世の中を追視できる,覗き見のようなわくわく感がある.私もこんなふうに世の中を歩けたらいいなと思う.


トーベ・ヤンソン (冨原眞弓 編訳) 『トーべ・ヤンソン短篇集』
居心地の良い居場所や自然や印象的な情景に包まれて,内向的で,ちょっと暗いユーモアに満ちた,ヤンソンの良さが存分に現れている.「リス」なんかもう最高だと思う.昨年の『誠実な詐欺師』につづいて,これらの短篇を読んで確信したのだけれど,わたしはヤンソンの小説 (と冨原さんの翻訳) が大好きだ.2018年には全集を読みたいなと思う.

悪くない,わたしは雨が好きだ.厚地のカーテンの襞,どこまでも降りやまぬ雨がもたらすあらたなる果てしなさ,トタン屋根をなでるように叩くかそけき音.たりないものは数時間もかけて部屋を移ってゆく陽光―窓の下枠からマットに移動し,午後にゆり椅子の上に侵入し,非難するかのように真っ赤に焼けたストーヴの覆いの上で消失する―あの太陽の光である.今日は額面どおりに純然たる灰色だ.時間も存在しない名もなき一日.こんな日は数に入らない.
(「リス」)


森永博志 『自由でいるための仕事術』
同様の生き方術とか仕事術の書籍に比べて,これは群を抜いている.その理由はおそらく,ひとつには,取り上げられている人たちが本物であるということと,インタビュアーが鋭いことがあるのではないかしらん.社会の中に,いかに自分の技術やビジョンを位置づけて,そこから金銭と交換可能な価値を生み出すシステムを構築していくか? 現代の大量生産大量消費のなかで,大切になってくるものは何なのか? 得られるものは多い.


ヴァージニア・ウルフ (御興哲也 訳) 『灯台へ
静かな物語.人の心理や会話の描写が流れるように移り変わって,山場もない代わりに,気づけば,物語の中の時も静かに流れ去っている.前半と後半の移り変わりの部分,時間が一気に流れるところを,別荘の屋敷を舞台に,夜会の後にみんなが寝静まる場面から始めて,屋敷の中を流れる隙間風のようにさらさらと書き出しているところ,すごいと思った.


古波蔵保好 『料理沖縄物語』
与那原恵 『わたぶんぶん: わたしの「料理沖縄物語」』
沖縄料理を通して,昭和や平成の沖縄の習俗,戦争との関わり,復興やその先などについて話が広がっていく.沖縄に暮していると,ああ,あれのことね…とか,これってそういうことなのね!という驚きがたくさんあって,楽しみながら読み進められる.古波蔵保好与那原恵さんの「おじさん」にあたる姻族で,『わたぶんぶん』のほうには,一族の歴史もストーリーにからまってくる.料理を通じて,新旧ふたつの沖縄を,それぞれから読み取れる.


林芙美子 『放浪記』
その日暮らしの圧倒的な焦燥感,その半面にある生活への愛情,性欲,文筆の仕事をものにしたいという野望.そういういろいろの感情が,脈絡なく綴られる実生活の断片的なイメージから力強くたちのぼってくる.これを読んでいたのはちょっと落ち込んでいたときで,「ああ…自分まだまだいける…」と勇気づけられたのだった.


ジャネット・ウィンターソン (岸本佐知子 訳) 『灯台守の話』
すごく良かった.静かな孤独が,悲しみや喜びのなかに淡々と流れるさま.人と人の生きざまが響き合う様子.バベル・ダークは私の中に生きていて,その存在感が,読んでいる私の肝を冷やし,心臓をきゅっと縮み上がらせる.悲しいまでのスコットランド(?)の冷たい寂寞感の描写.その中に浮かび上がる灯台と,ピューとシルバーとドッグ・ジムの闇のなかでの暖かな生活.
そして,「語る者」が転換する場面では鳥肌が立つ.全編を通して,誰が誰に,この話を物語っているだろう.それを想像するのも楽しい.


マルクス・アウレーリウス (神谷美恵子 訳) 『自省録』
すべてのものはうつろいゆき,何事も永遠には決して残らぬこと (それゆえ名声ははかなく,死はおそるるべきものではない),外界に起こっていることと自身の判断や認識は独立のもので,後者を前者から切り離して理性のコントロール下に置くことがいかに重要であるか (期待通りに動かない人や物事に心をいらいらさせない),ということ.何度も読み返したいと思ったはじめての本.
参考: この自伝がすごい/よく生きるためのリベラルアーツ書10冊|読書猿Classic: between / beyond readers


スチュアート・ダイベック (柴田元幸 訳) 『シカゴ育ち』
なんだかすごくいい.それぞれの短編がそれぞれに個性を放っていて,しかし全体として,荒廃だったり,多民族性だったり,人びとの細かな日常をみつめることだったり,すこしの幻想的な光景だったり,そうした統一感がある.そして,そうした人間に彩られる,シカゴという街の圧倒的な存在感! もしシカゴに行くことがあったりして,カリフォルニア通りのあたりをふらふら歩いていたら,ひょっこりマニーとエディに出くわしてもおかしくないと思わせるような,そんな力があった.いつまでも読んでいたい物語ばかりだった.