よるのおわり

日々を愛でる

深夜のスプーン

飛行機のなかではなまじよく眠れてしまったために,真夜中に東京に着いてからもぜんぜん眠くない.山手線に乗って,予約しておいたゲストハウスに行き,シャワーを浴びて,日付が変わる頃に布団に潜り込む.しかし眠れない.飛行機のなかでよく眠れてしまったことを抜きにしたって,だいたい,体内時計はまだ昼過ぎなのだ.

2時間ほど,眠りと覚醒のあいだをさまよったあと,もうこれはしかたないとあきらめて,深夜の東京を徘徊することにする.小さいショルダーバッグを肩にかけて,もし,どこか居心地のよさそうな店が開いていたら,読みかけの『パルムの僧院』や論文を読むのだ.(しかし結局読まずに帰ってくることになる)

東京の都心部は真夜中も起きている.これは22時過ぎの電車に乗ってゲストハウスに移動する途中でも感じたことだけれど,彼の国では人びとがとっくに家へ引き払って,暖かいソファーやゆったりしたりベッドに潜り込んだりしているような時刻にも,東京では仕事帰りの人びとが電車内にあふれている.午前3時の街も半分は起きていて,24時間営業のコンビニや外食チェーンは煌々と明かりをともし,どんなに狭い小さな道を歩いていても,かならず誰かとすれ違う.

街中には雪の溶け残りがかしこに見られ,ゴミが散乱している.ああ,これが東京だ…という気がする.100円ローソンでネーブルオレンジを買って,手袋をした手でもてあそびながら歩きつづける.

インド,ネパール,中国,そうした小さなエスニック居酒屋にもまだ明かりがついていて,カラオケをしたり,テレビを見たりしながら,そうした国の人たちが楽しそうにしている.コンビニの店員さんもほとんどが外国の人たちである.新宿にほど近い土地柄が関係しているのかもしれないけれど.

機内で食べきれなかったごはんを食べるために,コンビニでスプーンをもらおうとする.レジに行き,のど飴を買って,ついでにスプーンをくれませんか…?と言う (あまり行儀のよくない行為であることは承知している).そういうのはダメなのですが…では5円ください,と店員さんに言われる.まあ,弁当やスープも買わずに,そうだよね…と思いつつ,代金に加えて5円玉を差し出すと,店員さんはちょっと困ったようにして,それを募金箱に入れて,スプーンをくれる.思わずその人の顔を見て,申し訳ないような気持ちで「ありがとうございます」と言う.

宿に戻り,機内食の残りのビリヤニと,さっき買ってきたネーブルと,同じく機内食の残りの,キャラメルソースにひたったチョコーレートケーキを食べる.時刻は4時を過ぎていた.

待ち合わせの時刻まであと3時間.今朝はもう,眠るのはよすことにする.