よるのおわり

日々を愛でる

携帯電話を持つのをやめたときの話

私が大学生だった頃、スマートフォンなどはまだ一般に普及していなくて (修士の1年にとある外資系企業の就活インターンに行って、その先で社員さんが第一世代のiPhoneを使っていたのを見て、こんな携帯電話があるんだ、と驚いたのがスマートフォンとの初めての出会いだった)、人びとは小さなカラーディスプレイに物理キーのついた今でいうガラケーを使っていた。今では問題になっている通信料と本体料金の抱き合わせ販売が普通にされていて、タイミングよくプランを解約して新規で携帯を契約すると、電話番号が持ち越せない代わりに、最新の機種が本体価格1円で手に入るような時代だった。本体に飽きては「機種変」をして、アドレス帳の全員にキャリアメールからちまちまメールを送って電話番号が変わったことを知らせて、別な携帯に乗り換えていた。大学1年の頃だったか、autalbyを使っていて、不便なところもあったけれどデザインとスリムさが本当に気に入って、好んで使っていたのだった。フリーのウェブメールを携帯電話で使うこともなく、通話は電話でするもので、アプリなんてものも当然ない時代だった。

そんな頃に、携帯電話に自分が縛られるのが嫌になり、解約して、持つのを一切やめてしまった時期があった。携帯を持っていてはどこにいても連絡が取れてしまい、人間社会のしがらみから逃れることができない。自由になりたかったのだと記憶している。
携帯を持たない時期はたしか半年以上続き、不便なこともあったけれど、それはそれで楽しく暮らしていた。なければないでなんとかなるものだ。効率化や利便性ばかりを重視する現代社会に反旗をひるがえしているような気分もして、「携帯持ってないんです」と言うたびにむずむずするような喜びがあった。

その後、部活のことか何かでやはり携帯を持たねばならないことになり、しぶしぶもういちど契約をして、携帯電話を持つ生活を再開した。それ以来、完全に解約してしまって携帯を持たない生活を送ったことはないし、今そういう生活をすることは難しいだろうと思う。けれど、携帯電話に対して抱いていたその頃の気持ちは、今でもどことなく、心の底にまだ残っている。

 


Talby