よるのおわり

日々を愛でる

森へ

街での用事をいろいろと済ませ、森へ。気づいたら、日本から続いていた鼻水と咳が治っている。

森の中は心が落ち着くような気がする。イガイガするインターネットは見ないで済み、スコールが降り、夜はカエルが鳴き、シンプルな食べ物があり、夜はよく眠る。自然の脅威と美しさが隣にあって、自分の存在も濁らされないような感覚。ダニに悩まされることを除けば、気持ちとよくシンクロするところ。朝早く目が覚めてしまい、カエルの鳴き声とフクロウの声を聞きながら、まだ真っ暗な森の中をロッジまで歩いて電波を拾いに行くときには、道端に据えつけてある足下灯(というのかな?)の光さえもまぶしく感じるのだった。この森はあまりにも広大で、人の手の及ぶところは本当にごくわずか。伐採が入る前の昔には、本当に未踏の森が広がっていたのだと思うと、ぞくぞくしてくる。

そんな森での生活も終わり、晴れているなか雨がぱらつく道をひたすら走り抜けて、街に降りてきたのだった。

いくつも用事を済ませ、たまった仕事をし、森とは違う食事を楽しみ、夜の街をぶらぶらと歩いていたりしたら、あっというまに帰る日になり、驚きの再会をしばし楽しんだあと、空港のなかへ入っていって飛行機の世界へ。

空港や飛行機には独特の雰囲気があって、夜中に出発する便だとその感覚がさらに強まる。今回はラウンジを使ったり、空き空きの機内で三席使って横になったりし、帰りもバスを使ったりして、ふわふわとした現実感のない気分のまま、また仮の住まいにたどりついたのだった。

翌日からはまた忙しいけれど、なんとか乗り切れるといいな…

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復帰

飛行機に乗り、職場に数ヶ月ぶりに戻って居室移動の荷解きをして、調査用具をいろいろ引っ張り出したらもう夜。すぐに、なかなか遠い仮の住まいまで移動。この電車の混み具合、やはりどうしても好きになれない。

翌日はちょっとゆっくり起きて、また電車に乗って、役所に行ってすこし手続きをしたあと家探しへ。内見して、良いところも悪いところもあるけれどまあここでいいかということにして、いったんおしまい。また電車に乗って都心に出て、写真展へ。その足で調査用具を買い足し (結局使わなかったけれど)、また長いこと電車に乗って、家の契約をして、帰宅。家で荷物をパッキングしていたらあっという間に夜。明日は早いから寝なければ。

早朝、仮の住まいを出て、バスに乗って空港へ。バスは初めて使ったけれどなかなか快適。バスの中で仮眠。飛行機の中でも仮眠し、乗り継ぎをして、夜中の23時に目的地に到着。2年ぶりの空港はちょっと新しくなっており、夜中も開いている店があってSIMを買える。

いつもの定宿にタクシーを走らせ、コンビニで水を買って飲んだらすぐに寝た。飛行機の中でもだいぶ寝たからか、なかなか寝つかれず、あまり眠った気のしないまま朝を迎えて、この地での調査を開始したのだった。

 

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そういえばもうしばらく前だけど、ニッポン複雑紀行の写真展に行ってきたのだった。「ベトナム難民2世ラッパー」のことが、最近読んだナム・リーの『ボート』という短編集とリンクするところがたくさんあって、ふむふむと見いってしまった。

 

フレンチトースト

引越しの朝、風邪気味のLを抱っこしながら、あまりものでフレンチトーストを作り、Lが生まれたあとに病院で繰り返し聞いていたSpotifyのプレイリストにたまたま入っていた曲をハミングしていたら、泣きそうなくらい感傷的な気分になってしまった。産後の1週間、このくらいの時刻に病院に行き、夜を明かして帰ってきては、同じようにフレンチトーストを作っていた。

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風の音

夕方がだんだん夜に塗りつぶされていくくらいの時間帯、外に出る。今日は2020年になっていちばん寒いくらいの気候で、冷たい風が吹いている。夜ごはんを外で食べて、帰ってくるときにも、寒さは変わらなかった。

夜中、布団に入って、外で風がビューと吹いて窓がガタガタする音を聞く。関東では木枯らしでこの音をよく聞いたけど、こちらではほとんど聞かない。そんなことを思いながら、いつしか眠りに沈んでいった。

夜中に台所で

3年前ここに越してきてすぐのときのことをいまだに思い出したりする。

はじめは夜のバスの情景。カナダの学会から京都を経由してこの島にやっとたどりつき、ひと足早くこちらに来ていたRの情報をもとに、駅からバスに乗って、まだ見ぬ家に向かう。当時は交通網のことが全然わかっていなくて、わざわざ遠い駅のバスセンターから長い時間かけて乗ってきた。暗くなってほとんど外も見えないけれど、お店の明かりなんかがときどき通り過ぎる窓の外を眺めながら、窓を少しだけ開けて、4月にしてはやっぱりだいぶ暖かい外の風を取り込んだりしていた。すこしの不安を含む永遠のような長い時間ののち、バスの運転手は目的のバス停の名前を口にし、私は降車ボタンを押してその停留所で降りた。今ではすっかり勝手知ったその大きな通りから、教えられた通りに脇道に入っていくとそこはもう真っ暗で、すこし行ったところで、向こうからやってくるRと出会った。

その次は、たしか翌日、町役場へいろいろな手続きをしに行くところ。まだ車もなく、Rは午前休をとって、生暖かい曇り空の下、道を歩いていた。裸になった畑には、見慣れない形の木が何本も生えていて、枝も葉もないそのたたずまいが不思議な雰囲気を漂わせていた。今のわたしは、それは枯れかけたソテツで、その畑は夏には背丈を超えるサトウキビが実るということを知っている。

そして最後は、1-2ヶ月時間が経ったあとのこと。この島にすこし前からいた知人の家族とコテージでBBQをして、そのまま宿泊した夜のこと。小さな子供がふたりいる知人の一家は二段ベッドのある1階で寝て、わたしたちはシングルベッド二台の2階を使わせてもらった。この頃は、その1年半後に自分たちにも子供ができるなんて思いもしなかったと思う。楽しいBBQがおひらきになったあと、なんだか気持ちが興奮したまま、がらんとした2階のベッドの片方にふたり横たわっていた。強い風にときおり雨が混じり、目の前の海を見下ろす崖の上に生えたタコノキの硬い葉がカタカタと鳴る。薄ぼんやりした部屋のなかで、外に吹く風のことを想った。

結婚してから、今までに感じたことのないような「孤独感」を感じることがあった。それは、この広い宇宙に、たったふたりで放り出されたような、そんな感覚。この先もいろいろなことを、ふたりでやっていかなければならないということ (もちろん「ねばならない」わけでは決してないのだけれど、なんだかそんな気持ちがするのだということ)。たとえば夜中の台所のような場所でそんなことをふと思うときがあって、しかし独身時代と違うのは、そんなようなわたしもよくわかっていない何かについて話しかけられる相手がいて、それなら、そんな孤独もあまり怖くはないと思えることなのだった。