よるのおわり

日々を愛でる

ホットコーヒー

だいぶ寒くなってきた見慣れぬ街を抜けて,単線の電車に乗り込む.乗客はほとんどおらず,まあいいかと思って,朝作った,バゲットのサンドイッチを頬張る.香ばしくて硬くておいしい.しかし口の中が荒れる.

大きな乗り換え駅について,次の電車まで15分ほど時間があって,ふと,コーヒーを飲みたくなる.ボックス席だから大丈夫.駅ナカのカフェに出向いて,ホットコーヒーを一杯,持ち帰りで.

電車はもう来ていて,乗り込んだこちらの電車にも乗客はあまりおらず,窓辺にコーヒーの紙コップを置いて,ふぅと一息.秋から冬に変わる頃の暖かい午後の陽を浴びながら,電車に揺られて,コーヒーを飲む.暖かさが染み込む.

飲み終わった紙コップは,サンドイッチを入れていた袋に入れて口をクッと縛って,次の乗り換え駅でゴミ箱に捨てたのだった.

オレンジの日

敷布団が硬くてあまり寝付けなかったけれど,とにかく山小屋で目覚めた.外ではすでに焚き火がたかれていて,お湯も湧いている.ありがたい,ありがたい.川で顔を洗った後,秋の朝日が射し込む木立のなかで,コーヒーを淹れて飲んだ.なによりもこれがいちばん美味しかったように思う.

秋の,雲ひとつない空の下,山を下って帰ってくる.洗濯をして,布団を干した.

午後には,滋賀まで.同じく完璧な秋の空の下,多少汗ばむくらいの陽気のなかを,電車とバスを乗り継いで.とてもおもしろい話をして,同じ経路を帰ってくる.

近くの駅から家まで歩くことにして,少し冷たくなってきた風のなかを戻ってきたのだった.家につくと,オレンジ色の夕日が部屋のなかを染めていた.驚くほどのオレンジだったが,布団を取り込んでいるあいだに,すでに色は褪せていた.

標本にして飾っておきたいような,短くてすばらしい秋の一日.

夜のお茶

寝る前に,お茶でも飲みながら本でも読もうかと思って,お湯を沸かす.しかし,お湯が湧くあいだに眠気がだんだん幅を効かせてきて,布団に潜り込みたくなっていく.

お湯が湧いた頃には,お茶を飲んでゆったりしたい気持ちよりは,眠りたい気持ちが大きくなって,湧いたお湯を流しに捨てて布団に入る.

真珠

向こうの席に座っている人がカバンから何かを取り出したひょうしに、何か丸いものが床に落ちた。コロコロ転がっていったそれを見つめたその人は、拾い上げるでもなく、駅で降りていった。

あとに残されたそれは、電車の発着にあわせて前へ転がり後ろへ転がり、車両の端から端まで行ったり来たり。新しく電車に乗ってきた人は、えっ!?という感じでそれに目をやる。

私のところに来たときによく見てみると、それは模造の真珠だった。秋の陽に輝いていてくれたら完璧だなと思ったものの、これは地下鉄で、真珠は相変わらず眠たげな人びとのあいだを勢いよく動き回っている。

月が真ん丸で煌々としていて、駅から出てきて森のなかを歩いているとき、街灯に照らされた影と、月に照らされた影と、両方とも私についてきているのがわかった。空気も比較的ぬるくて、月の光が暖かいような気になってしまう。

こんなところに場違いな印象を受ける、シックなダークスーツに身を包んでパールのネックレスをつけた女性ふたりが前を歩いている。よく見ると喪服のよう。途中の道を折れて、彼女たちは開けた草原のほうに歩いていった。ふとその先を見ると、柔らかな明かりに照らされて、ずいぶんたくさんの人が集まっている雰囲気がある。こんなところに斎場なんてなかったはずなんだけど…。不良の集まりとかではなくて、老若男女が等しく集まって、お祭りのような雰囲気すら漂っている。

通り過ぎて少し行った頃、向かいからやってきたワゴン車には、同じく喪服に身を固めた年配の人たちが乗っている。なんだろう…?

 

この話をしたら、狸にばかされたんじゃない?と言われた。ここでも野生の狸はたまに見かけるし、あながちあり得ないとも言えないかもしれない。