よるのおわり

日々を愛でる

海に出る

荒野を走る.小高い丘のかげが池になっていて,渡り鳥がぎゃあぎゃあと喧嘩していた.水が飛び跳ねてけっこう迫力がある.その先の湿地では,すねくらいの高さの草のなかに首の長い鳥の一群がおり,20羽くらいが首だけ出して同じ方向を眺めていた.

そして今日は,ついに荒野を抜けて,海まで出ることができたのだった.たまたま選んだ道が当たりだったようで,走るにつれて,ずっと遠くのほうにぼんやり見えていた「堤防」が近づいてくるのがわかった.ほかの道では,道が堤防までつづいていなくて,ぬかるんだ荒野を越えたりしなければならない.しかしこの道は,うねりながらもきちんと「道」が海までつづいていた.

一度,海まで出かけたときには,高速道路のような道に阻まれた.帰ってから地図を調べると,その道沿いにもっと行けば海だったらしい.今回は,海に近づくにつれて,側方に車の音が聞こえはじめた.海を超える高速道路が近いのだとわかった.

海にたどりついて,荒野の中からは水平線がまったく見えず,行けども行けども荒野が尽きないように感じられた理由がわかった.荒野は海との境目を10 mくらいの高さの「堤防」にぐるっと囲まれていて,しかも「堤防」は荒野と同じように草や苔で覆われた自然の土手であるため,遠目には見分けがつかず,まるでずっと土地がつづいているように見えたのだった.

「堤防」ははるか向こうのほうまでつづいており (後ほど地図で確認したら5 kmくらいはあった),そちらのほうに向けて走り出す.途中,大きな沼を見おろし,水面がボツボツと埋まるくらい,水鳥で埋め尽くされているのを見た (1000羽くらいは確実にいた).隠れ家なのかもしれない.「堤防」はあまりにキリがないので,最初にみつけた階段のところで降り (それでも1 kmくらいは走った),別な道を通って帰ってくることにした.

この道は途中から荒野のなかに入り込み,昨日と同じく,ぬかるんだ道をおっかなびっくり歩いて通りすぎることになった.わりと難易度が高かったけれど,靴が浸水することなく通り抜けて,行きに通った道に出た.(私は低湿地を通り抜けるスキルを着実に身につけつつある).まだかなり距離があり,足首が痛くなってきたけれど,まあなんとか帰りつくことができたのだった.時計を見ると,家を出てから1時間以上経過しており,腕はキンキンに冷えていた.

川面の光

午前中は,明るい雲の合間から,ちょっと太陽がのぞいたりしていた.そんななか,荒野を走る.

川面が凍って,複雑に光を反射してちらちらしているように見えたのだけれど,近づいてみるとそうではなく,ぼこぼこした雲のすきまからのぞく太陽を映して,まだらなもようになっていたのだった.明るい荒野を走るのは久しぶりのような気がしてくる.

もはや海に行くのはあきらめて,(というものの心のどこかではあきらめきれずに),今日はまだ行ったことのない道を走ってみる.舗装されていない砂利道で,遠くの前方に人影がふたつ見える.近づいていくと,馬に乗った人たちだった.私の知っている馬に比べて,だいぶずんぐりしており,寒い地方に適応した結果なのかしらん…などと思ったりする.

はじめて見るキジのような鳥もいる.

走っている道は荒野の端にあたるようで,右手の金網の向こう側の芝生を犬が走っていたりした.灰色のあたたかい毛糸の靴下みたいな犬が向うから駆けてきて,ベンチのかげのゴミ箱の後ろで立ち止まる.私は一瞬目を切り,そうしてまた右側に視線を戻すと,毛糸の靴下犬がまた向うから駆けてくる.ふたご!? と目を疑うも,おそらく,ゴミ箱のところからすぐに引き返して,Uターンし,またこちらに向かって駆けてきたのであろう.

近道をするため,荒野のあぜ道に踏み込む.だんだんぬかるんでくる.以前の教訓を活かし,こういう道は注意深く,歩くことにする.できるだけ硬い部分を選んで足を運び,靴が泥に吸い込まれそうになったら決して無理をしない.そこそこの距離を歩いて,見慣れた舗装の道に出た.

午後からは空が曇りはじめ,大気は濁った灰色になってきた.午前中に走っておいて良かった.

アイスクリーム・バン

家でお仕事をしていると,チリンチリンという音が下から聞こえる.なんだろうと思って窓から見おろすと,カラフルなバンが走っている.Hjem-isと書いてあって,あ,これは…と直感的に気づき,インターネットで検索するとやはり当たり.鍵とお財布を持って急いで靴を履き,下へ降りる.

それはアイスクリームの移動販売車で,看板にはカラフルな商品がいっぱい.Webサイトのいちばん上に載っていた商品をふたつ買おうかなと思って聞いてみると,箱入りのものしか売っていないらしい.クリティカルなことには,冷凍庫には現在ほとんどスペースがないのだった.

「大きすぎるかな…?」と尋ねてくれるやさしそうなおじさんに,「そうですね…ごめんなさい」と返し,すごすごと部屋に引き返す.戻りがけにおじさんが「良い一日を!」と言ってくれたので,私も「そちらも!」と返す.建物に入ると同時くらいに,バンはまたチリンチリンと出発していった.

タリン1日目

朝早起きして,7時半のフェリーに乗るために港に急ぐ.30分前にはゲートが閉まるらしく,ホテルから港までは20分くらい.ホテルの朝食は6時半から.朝食がおいしいらしいのだけれど,泣く泣く諦めて,その代わりに果物とスムージーだけもらい,街中のコンビニでパンを買って,トラムに乗る.

フェリー乗り場ではカウンターに長蛇の列ができており,時間はすでに6時50分.ここまでか…インターネットでチケットを買っておくべきだった…とあきらめかけるけれど,意外にも列が早く進み,無事にチケットを買える.並んでいた人たちも全員買えたみたい.良かった.

フェリーのなかでは,端のほうにあるソファーの席をみつけて,パンとスムージーを食べる.Rはそのまま眠ってしまう.フェリーの内部を探検してみると,カフェと座席が一緒になった同じような場所,ラウンジ,客室,甲板,エンターテイメント,ショッピングエリア,なんでもそろっている.

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10時には,船はエストニアに到着.徒歩でタリンの旧市街へ.街のなかを歩きまわり,クリスマスマーケットをひやかし,お腹も減ってきたところで,レストランへ.開店前から店の前で待っていたら,予約なしでも入れる.すてきな店内でおいしいお昼.

その後も旧市街を歩きまわり,お店を冷やかしたりしながら,アパートメントホテルのチェックイン時刻の15:00頃に,いったん街をあとにする.しかしたどりついた先ではオーナーがまだ部屋を掃除中で,レセプションでしばし待つ.30分後,やっと部屋に入れる.コーヒーを入れてお菓子を食べ,寒さと,歩き回った疲れをやわらげる.

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夕方にまた旧市街へ移動する.大聖堂は寒空に神々しく伸びており,砲塔は片面だけ真赤なイルミネーションで飾られている.博物館を見る.入り口で放映しているエストニアの歴史のVTRが,不思議な雰囲気の味があって非常に楽しい.18時に閉館した後,ロビーのグランドピアノを一心に弾きはじめる男の人.しかもやたらとうまい.職員さんは気にせず閉館の準備をしている.どういう関係なのだろう?

夕飯に,クリスマスマーケットでソーセージを食べてホットワインを飲む.その後,港のほうまで移動し,スーパーマーケットで翌日の朝ごはんと,ホテルでちょっと飲み直すためのビールとおつまみ (ブラッドソーセージ) を購入.北欧に比べてあきらかに物価が安い.感動するくらい安く感じてしまう.

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ホテルに帰りつき,ソーセージをパプリカと一緒に炒めて,ビールを飲みながら食べる.旧市街の地図を見ながら,あれだけ歩いたのにまだ行っていないところがたくさんあることに気づき,翌日まわることにする.

朝早く起きて,長い距離を移動して,たくさん歩いて,なかなか疲れた一日だった.翌朝はゆっくり寝られるのがうれしい.ろうそくを吹き消して,Rと一緒にベッドに入り,すぐに眠りに落ちる.

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明け方の川面には夜が映っている

すこし早めに布団に入り,すこし早めに目が覚めた.夢のなかでは,長い距離を歩いて古道を移動し,子供の頃住んでいた家の裏に生えていた竹やぶが相変わらず生えていることを確認したりしていた (原生林のようになっていた).

静かな朝で,風がやんでいるため,部屋から見おろす川面はしーんと凪いで,鏡のよう.建物を出て,ちょっと見に行くことにする.そこまで冷え込んでおらず,湿度が高いような気がする.手近な橋のところに行き,水面が本当に真っ平らで,街灯の光をそのまま映していることを確認する.

帰りのエレベータのなかでは,扉のレールにモミの葉が詰まっていることに気づいた.クリスマスはつい先日のことだと思っていたのに,もはやこれくらいしか,その面影をとどめているものはない.なんだか,あっというまに時間が経つ.