よるのおわり

日々を愛でる

末端が冷える

晦日の夕方にふらりと海まで行くのはどうだろうか、と1-2日前から考えていた。RとLはでかけていて、ひとりだ。仕事にはまあキリがついたと言える。いちおう目的地を設定して、倉庫みたいなスーパーマーケットで唯一おいしいパンを買うのだと決めた。とはいえそれは自分を家から引きずり出すための口実みたいなもので、実際にはあのあたりの荒涼とした港湾地域に身をおきたかった。夕暮れが夜に変わっていく時間帯にあのあたりを移動していれば、今年に限っては特に希薄な年末感を再確認して味わえるのではないかと思った。最初は車で行くことを考えていたけれど、周辺をGoogleマップで調べていて気が変わった。自転車で、いや、でも、ここは徒歩で。だって最近あまり歩いていないし、年末感を味わうには徒歩がいちばんだもの。
徒歩では1時間ちょうどくらいなので、閉店時間を考えるとそろそろ行かなければならない。急いで洗濯物をしまい、手袋やネックウォーマーを引っ張り出して防寒対策を整え、家を出る。正直なところ、本当に出かけることになるとは思わなかった。

昨夜から北風が吹いていて、外は本当に寒い。雪みたいなものもちらついている。歩いていたら暖かくなるかと思っていたけれど、逆にどんどん末端が冷えていった。体の芯は冷えなかったけれど。手首や指先などの末端が冷えてパリンと割れそうになるのは、風の強い寒い日に特有のことだと思う。
初詣の準備を完了させた神社を横目に見て、大晦日にしてはやけに車通りや人通りの多い道を歩き (COVID-19のことがあって帰省を控えている人が多いのだろう、それか、このあたりは都心とは様子が違うのかも)、空はもう黒いのに海はまだ青いのに感心し、こんなところに緑地があったのかと驚いたり、猫に年末の挨拶をしたりしながら、本当に1時間きっかりで目的地についた。
スーパーマーケットには思いのほか人がたくさんおり、人が何人か乗れてしまいそうな大きなカゴを転がして、せわしなくモノを詰め込んでいた。パンのコーナーに一直線に行ったところ、目的のパンはすでに売り切れているようで、「ないのか〜」といった様子で所在なさげに周りをうろつく人が何人も目についた。一部の人たちのカゴには目的のパンが入っており、おそらく、到着する時間が30分くらい早ければ良かったのかもしれなかった。やはりこのスーパーマーケットの雰囲気は私にはあわず、他の商品を見る気もなくなったので、早々に店舗を出た。

電車で帰るか……と一瞬思ったものの、歩きはじめると元気がでてきて、本来の目的である海のほうへ行くことにした。港湾道路の行き止まりの海と、そこに浮かぶ赤い月。荒涼とした岸壁。岸壁が途切れて低い防波堤が見える海沿いの道。別世界のようなテーマパークのイルミネーション (本来なら年越しイベントなどがあったのだろうな……)。荒涼としたコンクリートと海から匂う透明な空気を肺いっぱいに吸い込んで、しっかり歩いて帰ってきた。
それにしても、月の写真を撮っている人がいたり、港湾地域の複数の事務所の明かりがまだついていたり、海釣りをしている人がいたり、この寒い風の吹く大晦日にふらふら外に出ている人間は自分だけではないのだなということを知った。近所の大型スーパーも21時まで営業し、元旦は9時から店を開けるらしい。やれやれ。都内の大学で実験していたりした数年前には、大晦日は東京から人が消える日だという認識を持っていたので、こういう状況にはすなおに驚いた。
人気のない砂浜で、あちこちに落ちている松ぼっくりを拾い、投げ上げて松の木に当てる遊びをしながら歩いていたら、暗い足元に落ちていた松ぼっくりにつまづきそうになり、松ぼっくりから復讐されたように思ったりもした。雹のような雪はしぶとくぱらついていたけれど、いつのまにか止んでいた。

家にたどり着く頃には手だけがやたらと凍えており、うまく曲がらない指と感覚のない手首で、家の鍵をとりだすのにもひと苦労。手袋をしていたのに。昼のスープを残しておいた自分のことを自分で褒めながら、急いでコンロのスイッチを入れ、風呂の湯を沸かしなおして、スープを食べた後にバスタブのなかでゆっくり暖まって、やっと人心地がついた。

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