よるのおわり

日々を愛でる

里浜

始発のバスに乗って山を降り、通勤電車のなかではだいぶ空いてはいるものの、海外暮らしに慣れた身にはけっこうきつい電車に乗り、東京駅まで。旅行とかスノボの人でけっこう混んでいる。新幹線に乗って東北に移動し、昼前に目的地へ到着。周囲や博物館を見学し、お昼を食べた後に本日のお仕事。予想よりは早めに終わり、久々の友人と近くで夜ごはん。博物館の展示では、藁で作られた村境を守る人形のことが特におもしろかった。災いは村の外からやってくると考えられており、村境を守るために、ときに4メートルの大きな人形を作ったり、ヘビの形をした虫除けを木の上にかけたり、藁の人形を燃やしたり。手間をかけてそうした人形を作り、村の行事として一体となってそれを設置したり供養したりする。そうした習俗が人びとのあいだの連帯を強めていたのだろうなと思う。
早めに解散となって、電車に乗って本日の宿に移動し、温かい歓迎を受ける。温泉で暖まったらすぐに眠くなってしまい、コンビニで購入したアイスの実を食べて歯を磨いてすぐに就寝。アイスを食べているあいだ、仕事が今日で終わってしまったこともあり、ふと思い立って、前から見に行きたかった遺跡の場所を調べる。電車で少し北に行き、最寄駅から5キロ。公共交通機関はないので歩きで、駅にコインロッカーもなさそう。これは行けるのか…。考えるのは明日にして、眠気に任せて布団に入る。落ち着いた和室のおかげか、朝までぐっすり眠れて、さしもの時差も3時間睡眠には勝てなかったのだなと思う。夜中に雨の音をぼんやりと聞いた。

翌日、空は晴れて体調も悪くない。こんなときしかチャンスはないと思いたち、朝ごはんを手早く済ませて、宿の人もまだ起き出していない時間帯に宿を発つ。空気が澄んでしっとりして、海辺に近い宿街の雰囲気は美しい。コンビニで食材の買い込み。
30分に一本しかない電車に乗り、目的の無人駅で降りたのは私ともうひとりだけ。朝が早いためか駅前の施設も開いておらず、ロータリーには人もいない。あまり無理をしないように自分に言い聞かせて、ゆっくり歩き始める。

空は晴れて、風もほとんどなく、じきに体が温まる。駅の周囲の建物や家はどれもおしなべて真新しく、歩き始めた道もニュータウンよような最近の作り。海まで1-2キロ低地を歩き、最後に坂になっているところを登ると、そこは大きな大きな堤防の上で、眼下には休日の朝の静かな海が広がっていた。鳥居のところで写真を撮っている人がひとり見えるだけで、あとは見渡す限りどこにも人がいない。青い透明な波が「どーん」「どーん」と波打ち際ですーっと崩れていく音だけが響き、鳥がぷかぷか浮いているのが小さく見える。堤防の高さは6-10メートルくらい、幅は湾をすべて覆うように数キロ。この真新しい景観を実際に見て歩き、景観がこのように再生される原因となった2011年3月11日のことを思い、鳥肌がたった。昨日の宿のおじさんの言葉が頭に響く。「このあたりは小さな島々が守ってくれて3メートルくらいだったんだけど、少し離れた地域では10メートルの高さの津波が来たのよ」……眼下に見える海の様子がまったくのどかな分、その恐ろしさが心に響いた。
無理をしないと心に誓ったので、休み休み歩き、1時間程度で目指す地域に到着。荷物こそ重くてそれが体力をけっこう削ったけれど、5キロくらいならなんとかなってしまうものである。持ってきた防寒装備でなんとかなった点も大きかった。これがデンマークの寒さだったらこんなに歩き続けられなかっただろうな……。

教科書で知っていただけの遺跡の名前が実際の体感となり、地形や雰囲気とともに記憶に刻まれる。過去はおろか、発掘当時の面影はすでになくなっていても、現場に訪れるからこそ得られる知識がある。犬に吠えられ、貝層剥ぎ取りを観察し、歴史資料館を見学し、帰りの電車の時刻から逆算して帰途につく。本当は半島の反対側も歩いてみたかったけれど、このあたりは海水浴場にもなっていることだし、夏にまた来ることができたら実に素敵だろうな。帰りは道がわかっており景色も二度目なのでスイスイ進む。昼前になってきて、やっと、時差でぼやけた頭が目覚めてきた気がする。この頃には風がちょっと強くなっていた。行きに駅を出て比較的すぐのところで見かけて「帰りに食べよう」と決意していた17アイスを購入して舐め舐め歩き、すぐに駅についた。目の前の商業施設は開店しており、電車にはまだ時間があったので中を覗いてちょっとしたお土産を購入。

やってきた電車に乗って中心地に移動し、たっぷり時間をかけてお弁当を選び、暖かい車内で脚のこわばりなんかを伸ばしつつ、たっぷり時間をかけて味わいながらのお昼にした。東京駅は混んでおり、目的の場所にはたどり着けず、仕方がないので諦めて電車に揺られて帰り、最寄りの駅のスーパーで買い出しをした後、またバスに乗って山の上に戻ってきたのだった。